■灯台下暮らし #6.1 2023.12.17
#6の最後に「続きはメールマガジンで~」と書いたけれど、「いろんな事情(体調含む)」でなかなか書き始めることができなかった。あれからもう一ヶ月が経ってしまったのかと思うと、時間の流れの速さにびっくりどころか恐ろしくなる。
そんなわけで、某大学文芸部へ宿題として提出した300文字以上の文章をここに残しておくことにする。
2023年10月30日、月曜
今までに直面したタフな出来事を乗り越えて得たものは何ですか。夜明けにApple Watchがこう尋ねてきた。
人生で起こったタフな出来事で乗り越えられたものは一つもないが、得たものは一つだけある。それは「書く」ということだ。書くことは「救い」でもあり「逃げ」でもあった。
「書く」ということに焦点を当てれば、タフな出来事も含めて、人生で体験したことはすべて「書く」ことの糧になる。今までに得た「体験」は、死ぬまで誰からも奪われることはなく、失うこともない。
小学一年生の時に「小説家になる」と宣言したことを憶えている。にもかかわらず、書いているのは小説ではなく主にエッセイである。気狂いじみた創造力を持ち合わせていないことが、まったく悔しくてならない。
2023年11月8日、水曜
「孤独の最小単位は二人」と川上未映子のエッセイに書いてあるらしい。私にはその意味がわかる。
病気で仕事を辞め、入院している以外はほぼ自宅に引きこもっている。夫が仕事に出掛けて行った後、帰ってくる予定の時間を心待ちにした。玄関の方から音がすると駆け寄って「おかえり!」と言った。尻尾があったら千切れんばかりにぶんぶん振っていたはずだ。
一人になってからもう六年が経ってしまった。今でも夕方になれば毎日「ただいま!」と聞こえる気がするし、寝る前には「おやすみ」と声をかける。もういない、ということが受け入れられない。
体の真ん中に大きな穴が開いていて、氷のような冷たい風がびゅうびゅうと吹き抜けていく。あらゆるものから私を守ってくれた人がかつて存在していた。そのことが私を孤独にする。
2023年11月15日、水曜
飛行機に乗ったのは七年ぶりだろうか。
熊本地震による被害が大きかった空港ビルは、今年になってようやく建て替え工事が終わり、すっかり様子が変わってしまっていた。出発ゲートは閑散としていて、最後に飛行機に乗った時のことを思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。
東京に向かう時はいつも左の窓側に席を取った。静岡上空で富士山が見えるたびに、初めて富士山を見る人のように「富士山見えるよ!富士山!」とはしゃいだ。これから何か素晴らしくいいことが起きるような気がして気持ちが昂ぶった。
仕事で全国を飛び回り、飛行機好きの私はその度にわくわくしたものだった。それでも、夫と二人で帰省する時の気持ちはまったく別のものだった。またあの熱に浮かされたような高揚感を味わってみたい。望んでも、それが叶わないことはもう知っている。
宿題はここまでで終わっている。というのも、しんゆうの山本くんが「文芸部として後に残る物を作りたい」と言い出したからだ。文芸部の中でも書くことが好きな数人を集めて、一枚に収まるように整えて定期的に発行していきたいと言う。私もそのメンバーに選ばれてしまった。「宿題はやらなくてもいいから、定期発行紙に専念して欲しい」というので、元々無い体力をそちらに向けている。メールマガジンの発行が遅れてしまったのも、一つにはそれが原因である。どちらが本業なのかわからなくなってしまった。
それでも、どちらも自分にとっては大切な「書く」ということである。目的がなんであれ、書く場所を与えてもらえることはとても嬉しい。山本くんは次の春に大学を卒業する。それまでに、文芸部の活動が軌道に乗って大きなうねりになったら、と願っている。
守屋 信
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